「産婦人科疾患」と鍼灸治療
症状別にみる、鍼灸治療
産婦人科における各疾患の東洋医学的考え方と、鍼灸治療の研究成果の例を取り上げ、簡単に説明しましょう。
(1)不妊症
不妊は「腎虚」「肝鬱」「痰湿」「」「おけつ」は先ほど触れた「腎気」が十分でない状態、「肝鬱」はイライラやストレスがたまっている状態、「痰湿」は肥満体質で脂肪や水分が子宮をはじめ身体に滞り、任脈や衝脈の気血の巡りが低下した状態、「おけつ」は血の流れが滞っている状態です。1975~97年の23年間に、不妊症に対する鍼灸治療が164例報告され、そのうち妊娠したのは77例(46.9%)でした。妊娠率だけで見ると非常に高い、というわけではありませんが、これまで婦人科などに通院しても効果がなかった方々ですので、鍼灸治療を試みる意義はあると考えられます。
(2)冷え症
冷え症は、おけつのために手足に熱が伝わりにくくなった状態が原因だと考えられています。また、「寒湿」(寒気や湿気)など、気候や生活環境などの外部要因が影響することがあり、これらは身体の下部から身体の中に進入するため、冷え症の人は下肢を冷やさないように心がけることが大事です。
現代では冷え症は、自律神経機能の失調や心因がその病態の本体と考えられています。近年の研究には、足底中央と下腿後側中央の温度を57 例で比較した、松本勅(明治国際医療大学教授)らによるサーモグラフィ検査の報告があります。全体の27例の冷え症者中、23例(85.2%)の足低温は1℃以上低温でしたが、鍼治療を行ったところ10例(43.5%)で改善が見られたと報告しています。
冷え症は、産婦人科領域の多くの疾患を治りづらくする要因の一つとも言われていますが、鍼灸治療により改善が見られますので、試みられるとよい症候の一つと言えるでしょう。
(3)逆子
東洋医学では逆子(骨盤位)のことを「胎位不正」といい、おけつや、冷え症、ストレス、疲労、暴飲暴食などが原因と考えられています。
1950 年に石野信安(産婦人科医)が初めて報告して以降、50年間の逆子の鍼灸治療に関する報告をまとめると、妊娠27週から33週までに初診で受診した場合は、70~90%が正常に戻ったという結果がでています。2002 年にはイタリア人のカルディニ(産婦人科医)が「灸をした群はしない群に比べ、有意に正常に戻る率が高い」と報告しています。
逆子は帝王切開する場合が増えてきていますが、32~33 週までに鍼灸治療を開始すると高い率で改善されることを知って頂きたいと思います。
(4) 妊娠中の腰痛
妊婦の2人に1人の割合で、腰痛が見られるという報告があります。月経時や産後の腰痛と同じように、妊娠中の腰痛の原因も腎虚、寒湿、あるいはおけつだと東洋医学では考えられています。一般的な腰痛に鍼灸治療が有効であることはよく知られていることですが、妊娠による腰痛にも有効であることはあまり知られていません。
私たちが、腰痛を訴えた妊婦55例(平均年齢30.3±3.9歳)に対して鍼灸治療を行ったところ、「著効」「有効」「やや有効」を合わせて49例(89.0%)とよい結果を得ることができました。
おわりに
東洋医学の歴史を振り返ると、運動器系疾患以上に内科系疾患が治療対象であり、中でも産婦人科領域の多くの疾患が治療対象とされてきました。
現代では産婦人科領域での鍼灸治療は一般的にあまり知られていませんが、鍼灸治療効果のメカニズムを検討する上での研究も進んでおり、今後が注目されます。また、あらゆる面でナチュラル志向が好まれる傾向の中で、特に女性の身体が本来持っている力を引き出す大事な分野として鍼灸治療がクローズアップされるものと思います。
≪参考≫
『ライフサイクルに応じた女性のヘルスケア レディース鍼灸』編著:矢野忠/医歯薬出版 2006年
『イラストと写真で学ぶ 逆子の鍼灸治療』編著:形井秀一/医歯薬出版 2009年
『産婦人科領域の鍼灸治療』著者:形井秀一/桜雲会出版部 2010年
国立大学法人筑波技術大学 保健科学部 教授/鍼灸師 形井秀一