【ロシア鍼灸最前線:鍼もできる『民間療法士』を政府が登録】
2025年1月27日『ロシア政府官報新聞ロシースカヤ・ガゼータ』
「ロシアで民間療法士の初の登録簿が登場」
ロシア連邦の
ウラル山脈南部の「バシコトスタン共和国」は、ロシアで初めて、「ヒーラー民間療法士」の名簿ができたそうです。
ロシア官報には載っていないのですが、地方新聞のほうには、
鍼も出来ると書かれていました。
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「ロシアで民間療法士の初の登録簿が登場」
※「現在、リストには、ハーブ療法、カイロプラクティック、アロマセラピー、ヨガ療法、鍼治療、チベット脈療法、そして「民族的心理的影響法」を実践している7人が載っている。」
BRICS諸国の中では、ロシアは基本的に医師しか鍼をしてはいけない法律制度なのですが、初めて法制度で民間療法を認め、それがロシア政府官報に載ったのが歴史的です。
ロシアの鍼灸事情は、ものすごく「変」です。
まず、モスクワには「北朝鮮の鍼灸院」があります・・・。
さらに、モスクワとサンクトペテルブルクには『チベット鍼』を行っているチベット医学センターがあります。ロシア連邦に属するブリヤート共和国、トゥヴァ共和国、カルムイク共和国はモンゴル系の民族であり、チベット仏教とチベット伝統医学≠モンゴル伝統医学が根付いています。特にロシア連邦カルムイク共和国はヨーロッパ唯一の仏教国でチベット仏教を国教としています。
ロシアは、中国伝統医学・北朝鮮伝統医学(高麗医学)・チベット=モンゴル伝統医学の鍼灸が併存するという、かなり珍しい国です。
個人的に、ロシアに期待しているのは『チベット鍼』の保存と発展です。
インドのダラムサラに、1961年にダライ・ラマのチベット亡命政府が創った「メンツィーカン(チベット医学暦法研究所)」があります。
「メンツィーカン」は、インドに55の支部を持ち、各支部にチベット伝統医学の医師が配置され、カーストで差別することなく、インド国民に医療を提供しています。
2017年4月に、インドの伝統医学省が「インドの国益のために」、チベット伝統医学をユネスコ無形文化遺産として申請しました。
ダライ・ラマ14世は、チベット伝統医学はアーユルヴェーダと融合すべきだと発言しました。チベット亡命政府は、チベット伝統医学をインド医学と統合しようという政治決断をしたようです。
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2019年7月20日『タイムズ・オブ・インディア』
「アーユルヴェーダとチベット医学を統合しよう:ダライ・ラマ」
インド伝統医学省は、2019年11月20日に、インド、元ジャンムー・カシミール州ラダックの中心都市レー(Leh)に、
「国立チベット医学(ソワ・リグパ)研究所(NISR)」の設立を決定しました。インド政府は、チベット伝統医学を「インド伝統医学の一部としてのソワ・リグパ」として、大切にしようとはしています。
しかし、ダライ・ラマ14世は2025年で90歳になり、亡くなれば、中国政府は確実に、中国国内で「転生者」を見つけると予測しています。
中国のチベット自治区(西蔵自治区)には、かつてダライ・ラマの住んでいたポタラ宮に「西藏藏医学院」の「蔵医=中医学の一部としてのチベット族伝統医学」があります。しかし、チベット仏教は大弾圧を受けており、チベット仏教を取り除いたチベット伝統医学に、何の意味があるのか?と思ってしまいます。
ダライ・ラマ14世が亡くなった後のチベット亡命政府の有り方や「インド伝統医学の一部としてのチベット伝統医学」、「中医学の一部としての蔵医(チベット族伝統医学)」を考えると、伝統医学の未来に暗澹たる思いになります。
チベット伝統医学は、ブータンやネパールでも盛んですし、モンゴル伝統医学は、チベット仏教の世界観にもとづくチベット伝統医学の影響を受けています。
しかし、モンゴル共和国は長年の共産主義支配下にありました。中国の内蒙古自治区にも「中医学の一部としての蒙医」がありますが近代化によって衰えており、内蒙古自治区のモンゴル文化も、習近平政権となり、漢民族同化政策がとられつつあります。
ブータンやネパールのチベット伝統医学の調査や記事を読むと、高山の希少植物の生薬と気候変動の記事がほとんどです。気候変動と環境破壊により、チベット伝統医学のハーブなどは、かなり厳しい状況です。
ところが、何故か(笑)、ロシアのモスクワやサンクトペテルブルクには『チベット鍼』が存続しています!よく考えたら、ネパールやプータンはチベットと似た高山ハーブがありますが、極寒のモスクワには高山ハーブがなく、チベット伝統医学を実践しようとしても、ハーブ療法は不可能です。チベット仏教由来のスピリチュアル・ヒーリングとチベット鍼しか使えないですが、共産主義の世の中でスピリチュアル・ヒーリングも難しそうです。
ロシア・サンクトペテルブルクのチベット鍼には、100年以上の歴史があります。
ロシア連邦ブリヤート共和国出身のピョートル・バドマエフやアレクサンドル・バドマエフは、怪僧ラスプーチンと同じ時代に、サンクトペテルブルクでロシア・ロマノフ皇帝家に仕えて鍼とハーブで治療していました。バドマエフ家の子孫はいまでもサンクトペテルブルクでチベット鍼灸をしているそうです!
ピョートル・バドマエフはロマノフ家のニコライ二世やアレクサンドラ皇后、アレクセイ皇子を治療していました。
ピョートル・バドマエフの兄のチベット伝統医学者アレクサンドル・マドバエフはロマノフ家の皇帝アレクサンドル二世を治療していました。
当時は、神智学のブラヴァツキー夫人(ブラヴァツカヤ)や神秘家ゲオルギー・グルジェフの思想がロシアのサンクトペテルブルクでも流行していました。1908年にはロシア人智学協会もできて、『桜の園』のアントン・チェーホフの甥にあたるミハイル・チェーホフもルドルフ・シュタイナーの人智学に心酔していました。トルストイの『戦争と平和』では、主人公がフリーメイソンに入会するシーンが描かれています。「フリーメーソン・ロシア大東社」は1912年に設立されました。「フリーメーソン・ロシア大東社」の事務局長が、1917年にロシア二月革命を起こすロシア革命政府首相「アレクサンドル・ケレンスキー」です。
当時のロシアのサンクトペテルブルクは神秘主義の大流行した怪僧ラスプーチンの時代なのです。
1911年、演劇の「スタニスラフスキー・メソッド」で有名なスタニスラフスキーはバドマエフ家からヨーガを学び、このヨーガから「別人になる」演劇メソッドをつくりました。「スタニスラフスキー・メソッド」の特徴は、ロバート・デニーロのように「完全に、そのヒトになりきること」です。
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『スタニスラフスキーとヨーガ』
セルゲイ チェルカッスキー
未来社 (2015/8/6)
チベット伝統医学のピョートル・バドマエフ(1851-1920)は、ロシア帝国のスパイとして有名です。サンクトペテルブルクに薬草園と薬局をつくって、皇帝家を治療しつつ、シベリア・モンゴルや中国を旅行し、情報収集して、外務省とロマノフ家に貢献しました。
ロシア革命でピョートル・バドマエフは無くなりますが、甥のニコライ・バドマエフは『どん底』の作家ゴーリーキーなどソ連共産党の幹部の専属のチベット伝統医学の医師として、ソ連共産党に貢献します。歴史的には、バドマエフ家は「チベット伝統医学とスパイの一族」として有名です。
さらにピョートル・バドマエフのもう一人の甥であるウラジミール・バドマエフは1920年代にポーランドに移住し、チベット伝統医学の医師として、2人のポーランド首相の専属の主治医となりました!!!
そして、バドマエフ家はいまもサンクトペテルブルクに存続してチベット伝統医学を実践しています。
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2012年
「いかにして、チベット医学が西側に到達したか?バドマエフ一族の物語」
チベット仏教は「密教」です。身体観は秘密であり、師から弟子に口伝で伝えられます。チベット伝統医学はチベット仏教の身体観にもとづいています。わたしは1990年代以降、30年もチベット伝統医学の鍼のことが知りたくて『四部医典』を読み、日本語訳された文献も読み、CNKIで中国論文をすべて調べ、英語論文も、ほとんど読みましたが、オープン・ソース・インテリジェンス分析を駆使しても、ほんとうに知りたいことは、ついにわかりませんでした。
もちろん、ChatGPTもGeminiもGrokも私が知りたいことを教えてくれません。おそらく、AIが人類を超えるシンギュラリティの日が来ても、わたしが知りたいことをAIは教えてくれないです。
しかし、このチベット伝統医学の密教的なやり方は、正しかったのかもしれません。中国のチベット自治区の「蔵医」が未来に存続するか?どうかは分からないです。
しかし、チベット伝統医学は、ただ、一般庶民の支持だけを頼りに、インド・ネパール・ブータン・モンゴル・ロシアに拡がり、多くは失伝したかもしれないですが、政治権力に翻弄されながら、なんとか生き延びました。


