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<シンポジウム(3)―8―3>神経内科診療における鍼灸活用の可能性を探る ―神経科学を背景とした医療技術として鍼灸を捉える

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<シンポジウム(3)―8―3>神経内科診療における鍼灸活用の可能性を探る ―神経科学を背景とした医療技術として鍼灸を捉える

<シンポジウム(3)―8―3>神経内科診療における鍼灸活用の可能性を探る ―神経科学を背景とした医療技術として鍼灸を捉える

  鍼灸の作用機序から神経内科領域の可能性を探る

伊藤 和憲

齊藤 真吾

佐原 俊作

内藤 由規 (臨床神経 2012;52:1294-1296) 

 

鍼,灸,セロトニン,ドーパミン はじめに 鍼灸治療は,近年非薬物的な治療法の 1 つとして,頭痛をはじめ,パーキンソン病やジストニア,さらには脳卒中後の後遺 症や認知症など様々な神経内科領域の疾患で応用されている.しかしながら,その鍼灸治療の作用機序に関してはあまり知られていない. 一般的に鍼や灸の刺激は重だるさや熱さといった特有の感 覚をひきおこすことが知られている.これは細径線維の受容 器であるポリモーダル受容器を興奮させ,Aδ 線維や C 線維 といった神経線維の興奮にともなうものとされている1).一 方,Aδ 線維や C 線維の発火は脊髄後角を経由して延髄大縫 線核や中脳水道中心灰白質などを興奮させ,下行性抑制系や 広汎性侵害抑制調節(diffuse noxious inhibitory controls: DNIC)などの鎮痛機構を賦活させる1).

 

これらの鎮痛機構に は内因性オピオイド物質が関与しており,刺激周波数により 2Hz では β エンドロフィン,215Hz ではエンケファリン,100 Hz ではダイノルフィンといったように,刺激頻度によりこと なる物質が誘発されやすいことが報告されている2). 一方,鍼灸刺激は鎮痛系を賦活するだけでなく,体性―自律 神経反射(体性―内臓反射)を介して各臓器の機能を調節する ことや,NK 活性やサイトカイン産生に影響をおよぼすなど 自律神経系や免疫系にも作用することが明らかとなっている3).

 

さらに,鎮痛時に誘発される内因性オピオイド物質には 抗ストレス作用や免疫系に影響をおよぼすことが報告されて いる4).このことから鍼灸治療は単なる痛みの治療としてだけ でなく,消化器機能や循環器機能の調節,さらには睡眠状態や うつ気分の改善などのリラクゼーション作用を含め様々な効 果が期待できるとされている。 そこで,今回は鍼灸治療の効果の中でも脳内物質の変化に 着目し,鍼灸の作用機序から神経内科領域での可能性を模索 したいと考える. 鍼灸刺激によるセロトニンの分泌作用 一般的にセロトニンは,うつや不安など感情や情動的な部 分と深く関係していることが報告されている.また,セロトニ ンは情動以外にも,痛み感覚の調整や運動機能にも深く関係 していることが知られている.そのため,セロトニン量の変化 は感情や痛み,さらには運動機能などにダイレクトに影響することから,臨床的に問題となりやすい。実際,臨床的に,うつや痛みを有する患者のセロトニン量は減少していることが 報告されていることから,うつ症状がみとめられる患者や慢 性痛の患者に対して,セロトニンの取り込み阻害を目的とし た SSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors)などの薬 剤(抗うつ薬)がもちいられている. 一方,鍼灸に関する研究では,動物を中心に鍼灸刺激をおこなった際の,脳や脊髄でのセロトニン量変化が幅広く報告さ れており,背側縫線核や線条体などを中心にセロトニン量が 増加することが知られている(Table 1).このことから,SSRI などの薬物と併用しながら鍼灸治療をおこなえば,不安や痛 みなどの症状をコントロールできる可能性は高いと思われる。

鍼灸治療をおこなうことで,セロトニン量が変化するメカ ニズムに関して,様々な可能性がある。その一つとして,鍼灸 刺激を皮膚や筋肉におこなうことで,Aδ や C 線維を介して 中脳水道中心灰白質をふくむ中枢神経系に刺激が伝わる.一 方,セロトニンと関連の深い背側縫線核は中脳水道中心灰白 質の腹側部に位置し,中脳水道中心灰白質からの投射を受け ており,また背側縫線核は側坐核にセロトニン神経を投射していることが知られている.以上のことから,鍼灸刺激により 背側縫線核が興奮し,側坐核のセロトニン放出を促進することから,セロトニンが増加するものと思われる5).

鍼灸刺激によるドーパミンの分泌作用 一般的にドーパミンは,運動調節やホルモン調節,快の感情 や学習・意欲などとかかわり合いが強い物質である.とくに 神経内科領域で問題となるパーキンソン病の筋固縮,振戦,無 動などの運動症状にはドーパミンが強く関係しており,臨床 的にはドーパミンの前駆物質である L-dopa やドーパミン受 容体の antagonist などを服用することが多。また,ドーパ ミンは報酬系と呼ばれる快や情動に関する部分とも関係深いいことから,意欲や感情のコントロールに大切な物質で,情動 の安定化などに抗ドーパミン作用を持つ薬物がもちいられる ことが知られている. 一方,鍼灸に関する研究では,動物を中心に鍼灸刺激をおこなった際の,脳や脊髄でのドーパミン量変化が報告されており,側坐核や線条体などを中心にドーパミン量が増加することが報告されている(Table 2).このことから,薬物と併用しながら鍼灸治療をおこなえば,運動や情動のコントロールに 対する有効な手段になりうる可能性は高いものと思われる。

 

まとめ 今回,紙面の都合上,セロトニンとドーパミンにかぎりその 詳細を解説したが,これら以外にもオピオイドやノルアドレ ナリンなどの様々な物質が鍼灸治療により脳内で変化しているとの報告がされている.これらのことから,鍼灸治療は薬物 を使用しない新たな治療手段として,神経内科領域でも応用 範囲は広いものと思われる.

 一方,鍼灸治療でおこる脳内物質の変化は,薬物治療にくらべればごくわずかであり,薬物の代わりになるものではない。 しかしながら,薬物(抗うつ薬)と鍼治療の併用効果を検討した動物実験では,抗うつ薬単独で治療をした群よりも,抗うつ 薬と鍼治療を併用した群の方が,少ない投与量で高い抗うつ 効果を示したとの報告がある6). 以上のことから,鍼灸治療は単に薬物の代わりというだけ ではなく,少ない投与量で効果をえることができれば,薬物の 副作用や投与量を減らすことが可能となり,高齢者などの薬 物治療の幅を広げることが可能となる。そのため,神経内科領 域の患者に対して鍼灸治療を積極的に取り入れていくこと は,治療の選択肢を広げ,患者の QOL 改善に寄与するものと 考えられる。

 

※本論文に関連し,開示すべき COI 状態にある企業,組織,団体 はいずれも有りません.

 

文 献

1)川喜田健司. 鍼灸刺激による鎮痛発現の機序―ポリモーダ ル受容器から脳内オピオイドまで―. 医学のあゆみ 2002; 203:455-458.

2)Chen XH, Han JS. Analgesia induced by electroacupuncture of different frequencies is mediated by different types of opioid receptors: another cross-tolerance study. Behav Brain Res 1992;47:142-149.

3)篠原昭二, 咲田雅一. 鍼灸による免疫増強作用. 医学のあゆみ 2002;204:169-172.

4)福田文彦, 矢野 忠. 鍼灸による抗ストレス作用. 医学のあゆみ 2002;203:459-464.

5)福田文彦, 矢野 忠, 加藤 麦ら. 脳報酬系に対する鍼灸治 療の影響. 鍼灸 OSAKA 2009;25:257-263.

 6)Yu J, Liu Q, Wang YQ, et al. Electroacupuncture combined with clomipramine enhances antidepressant effect in Rodents. Neuroscience Letters 2007;421:5-9