【鍼灸最前線:世界鍼灸学会連合会(WFAS)の『非特異的腰痛』の鍼灸臨床ガイドラインと、機械の中の幽霊】
【鍼灸最前線:世界鍼灸学会連合会(WFAS)の『非特異的腰痛』の鍼灸臨床ガイドラインと、機械の中の幽霊】
2024年9月5日『世界鍼灸雑誌』
「『世界鍼灸学会連合会(WFAS)』の鍼灸ガイドラインの非特異的腰痛の推奨事項の概要」
「デルファイ法」は「専門家を含むグループによりアンケート回答/集約/修正を繰り返す手法を用いる分析方法」ですが、その手法で、原因が特定できない腰痛である「非特異的腰痛」の鍼灸臨床ガイドラインが作成されたようです。
以下、引用。
「【3.1.4 推奨される治療プロトコル】」
「プロトコル1:電気鍼を3つの特定穴と遠隔穴で組み合わせる」
「1.ツボ
腎兪(じんゆ)を両側。
大腸兪(だいちょうゆ)を両側。
委中(いちゅう)を両側。
阿是穴(あぜけつ)」
「20Hzの周波数やそれ以下で連続波」
「置鍼時間:20~30分」
「(3)治療頻度: 週に 3 回の治療が推奨されており、病気の改善と治療の成果に応じて医師と患者が共同で決定します。」
以上、引用終わり。
↑
阿是穴を入れて、局所の電気鍼をして週3回なら、効果は出せそうな印象です。阿是穴の探し方を精密にすべきですね。
以下、引用。
「【プロトコル2】運動と組み合わせた『腰痛点(ようつうてん』
「置鍼時間20から30分。患者の腰椎は、運鍼中に動かす」
以上、引用終わり。
↑
わたしも、患者さんが腰が痛くてベッドに寝ることができない場合、患者さんに立位をとってももらい奇穴『腰痛点』を何度も使っています。しかし、痛みが少し軽減して、側臥位になれるなら、局所の阿是穴を刺します。この中国のガイドラインは、週3回の通院で、腰痛点のみを使うように書かれているので、それでは結果が出ない可能性が高いと思いました。このあたりから「このガイドラインの著者は、ホンマに臨床をやってるのかな?」という疑問が湧き、読み終わった際には、「中国の臨床の技術レベルは落ち過ぎやろー」という感想になりました。特に弁証論治の鍼灸治療プロトコルがヒドイです。灸やカッピング吸い玉を入れたり、寒湿や腎虚などのワードは入っているのですが、「この方法で治療しても、腰痛は治らないじゃないの?」という感想になってしまいます。もうちょっと、マシな内容に、いくらでも出来ると思ってしまいます。これは中国鍼灸のために、そう思いますし、『世界鍼灸学会連合会(WFAS)』の出版したガイドラインのレコメンデーションだけに、世界の鍼灸のためにも良くない印象です。
この『世界鍼灸学会連合会(WFAS)』の腰痛ガイドラインの推奨を読むと、1990年代後半から2000年くらいのアメリカ手技療法の「ゴースト・イン・ザ・マシーン機械の中の幽霊」論争を思い出しました。
1994年にアメリカ政府がEBMにもとづく「成人の急性腰痛ガイドライン」を出版し、菊池臣一先生が『腰痛をめぐる常識の嘘』(金原出版1994/9/1)を出版し、1995年にアメリカ政府の「成人の急性腰痛治療ガイドライン」が邦訳されます。腰痛への認知行動療法(CBT)などの「生物心理社会モデル」への転換期です。
ちょうどニューヨーク大学医学部授のジョン・E・サーノ(John E. Sarno:1923-2017)教授が、ココロが腰痛を起こすという「緊張性筋炎症候群」を提唱されます。
1999年に『サーノ博士のヒーリング・バックペイン 腰痛・肩こりの原因と治療』(春秋社)や2003年『心はなぜ腰痛を選ぶのか サーノ博士の心身症治療プログラム』が邦訳され、腰痛の心身症的側面が注目されました(※サーノ博士の『緊張性筋炎症候群(TMS)』は西洋医学では認められていません)。
その際に、アメリカでもフェルデンクライス・メソッド(Feldenkrais Method)のプラクティショナーなどのボディーワークの論争の中で「腰痛は認知行動療法などの心理療法のみで治る。脳から治療すべき」という「腰痛は脳の中の幽霊」という主張がありました。しかし、アメリカのマッサージ師たちは「私たちが腰を触診して感じて、治療に用いている圧痛点はゴーストではない」と反論していました。
わたしはマッサージ師として「手に感じる圧痛点・阿是穴・トリガーポイントは現実であり、『脳の中の幽霊』は心因性腰痛のみに言えるが、ほとんどは『筋・筋膜性疼痛症候群(MPS)』である」という立場でした。
『世界鍼灸学会連合会(WFAS)』の腎兪~大腸兪の電気鍼20分や「腰痛点の運動鍼」というのは、「腰痛は、脳の幽霊」という立場に立っていると感じます。
これは、1970年代の鍼麻酔の電気鍼の影響だと思います。得気して20分から30分電気鍼すれば、脳が変化して「中枢神経システム」のレベルで鎮痛は起こります。
しかし、鍼の鎮痛は
「局所でのローカル・エフェクト」、「脊髄分節でのセグメンタル・エフェクト」、「中枢神経(脳)での中枢神経システム・エフェクト」の3つのレイヤーがあり、腎兪~大腸兪の電気鍼や「腰痛点の運動鍼」は脳のレベルに寄りすぎてバランスを欠いていると感じます。
わたしは東洋医学的には腰痛は経絡病「経筋」として分析すべきだと思います。経筋病は「圧痛点を治療点とする(以痛为俞)」原則があります。
だから、腰痛の鍼灸治療では、いかに切診(触診)で阿是穴を探すか?が最重要だと思います。
また、古典の腰痛論である『黄帝内経素問・刺腰痛論篇第41』では経絡で分析しています。東洋医学本来の理論なら、経絡・経筋から触診して阿是穴から分析したほうが適切だと思います。