ヨーガ(バイオフィードバック)による心拍数の意識的コントロールの『サイエンス』論文
2025/05/17
2024年6月21日東京大学
「心拍数を意図的にコントロールする神経メカニズム-ヨーガのしくみにも迫る新たな脳内機構の解明」
この研究は科学雑誌『サイエンス』に掲載され、著者の吉本愛梨先生は、2024年東京大学総長賞、日本薬理学会100周年記念博士研究奨励賞、日本学術振興会育志賞など多数の賞を受賞されました。
以下、引用。
「東京大学大学院薬学系研究科の吉本愛梨大学院生、池谷裕二教授らの研究グループは、バイオフィードバック訓練を積むことで自分の心拍数を下げられるようになることを実証し、脳から心臓に司令が送られるしくみを解明しました。
バイオフィードバック訓練とは、本来不随意性である生理機能を当人に認識させることで、随意的に制御できるように導く訓練です。同研究グループでは、ラットに心拍バイオフィードバックを施す新しい実験系を設計して検討を行ったところ、30分以内に心拍数を減少させることを学習し、5日後には約50%の心拍減少を達成しました。この低心拍状態は、そのまま少なくとも2週間は維持され、この間、ラットは不安行動が減少し、また血液循環機能の低下を代償するように赤血球が増えました。
バイオフィードバック訓練中は、視床腹内側核へ投射する前帯状皮質は約7Hzの神経振動を示しました。この神経活動が視床下部から迷走神経核へと送られることで心拍数が調節されることがわかりました。」
以上、引用終わり。
2024年6月20日吉本愛梨
『サイエンス』
「オペラント徐脈のトップダウン脳回路」
ヨーガやバイオフィードバックにより心拍数を変化できるという研究は、多数存在します。
偉大な実験心理学者ニール・ミラー(Neal E. Miller)が1968年に、それまで不随意と信じられてきた自律神経系を学習で制御できることを動物実験で明らかにして、バイオフィードバック技術の可能性をひらきました。
また、1960年代に日系アメリカ人科学者のジョー・カミヤ(Joe Kamiya:1926-2021)博士が、人間の脳波は意識できないのですが、脳波を計測し,アルファ波出現時に音を提示する仕組みを作って実験を行い , 実験参加者がアルファ波状態とそれ以外の脳波状態を弁別することができ,さらには ,アルファ波活動の出現自体を制御することができることを証明しました。これが大ブレークスルーでした。
その後、血圧や心拍も意識で随意的に、コントロールできることが実験で明らかになります。
ハーバード大学のデヴィッド・シャピロ(David Shapiro)がバイオフィードバックによる血圧コントロールの論文を書きます。
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1973年「ヒトの血圧の随意統制におけるフィードバックとインストラクションの役割」
シャピロ D.
さらに、後にチベットの「トゥンモ呼吸」を研究するアメリカ心身医学の創始者ハーバート・ベンソンが心拍コントロールのバイオフィードバックを研究して発表しました。
そして、これらの初期の人間バイオフィードバックの研究は、実験心理学とヨーガの研究からヒントを得ていました。
1973年にハーバード大学のデヴィッド・シャピロ(David Shapiro)が来日し、これをきっかけに日本でも東京大学の石川中(いしかわ・ひとし:1925-1985)教授が、日本バイオフィードバック学会を創立しました。
石川中教授は、東京大学に1972年に最初の心療内科を創った先生であり、バイオフィードバック学会の初代会長です。
わたしが1990年代前半にバイオフィードバックの初期の研究を調べたころは、意識による皮膚温度コントロールが多く研究されていました。
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1974年「皮膚温度の随意コントロール」
鈴木 直人, 浜 治世
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ハーバード大学のトゥンモ呼吸研究より何年も前に、日本では皮膚温度を随意コントロールできるという初歩的な実験結果が出ています!!!
ただ、「バイオフィードバックはトレーニングすれば、体温をコントロールできるヒトもいる」というのが何年たっても変わらないです。実験では個人差の問題があり、これが何年たってもバイオフィードバック研究のアキレス腱だと個人的には感じます。コントロールできるヒトが、わずかに存在し、コントロールできないヒトがたくさん(笑)存在し、何が個人差の原因か、わかっていないです
心理学分野では、バイオフィードバック研究は(特にアメリカ軍などで)盛んですが、日本の医療分野で、バイオフィードバックはあまり知られていない印象です。
個人的には、大学で臨床心理学を学ぶ過程で、バイオフィードバックの存在を知り、バイオフィードバックを研究すると、ヨーガ研究がもとであり、ちょうど心身医学領域でヨーガと催眠を研究しているうちに、鍼灸に出会いました。
ヨーガやバイオフィードバックで、血圧や心拍数や脳波は変化できるヒトもいるというのが「当たり前」という認識で、鍼灸学校で西洋医学の授業を受けた際に、それらの知識が「丸ヌケ」している医学教育内容に正直に言って「ガッカリ」でした。
1970ー1990年代は、日本における心療内科・心身医学の勃興期だったので、当然、最先端の知識は1990年代の医学教科書には反映されておらず「30年前の常識」が医学教科書に書かれており、1990年代の鍼灸学校で教える先生も当然、最先端の知識を知らなかったのです。
たぶん、いまだに「トレーニング次第で自律神経系、血圧や心拍数や脳波をコントロールできるヒトも存在する」というファクトは、常識化されていないと感じます。1970年~1990年代初めくらいまでは「バイオフィードバック」は、かなり科学の最先端の研究でした。2025年の今、30年ぶりに『バイオフィードバック研究』を読みましたが、「一般向けの発信がなくなり、市民感覚とかけ離れている」というニュアンスの感想を書かれているヴェテランのバイオフィードバック研究者の先生がいらっしゃいました。その通りだと感じました。バイオフィードバック研究は、はっきり衰退している印象です。
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2023年「バイオフィードバックの黎明期と私」
末松 弘行
※「この頃は,バイオフィードバックが今日よりも,もっと大衆というか市民に受け入れられていたように思う」
※「より専門的になり,素晴らしく進歩しているが,かつてのような市民的なレベルから離れてきているようである.」
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バイオフィードバック学会の初代会長・石川中(いしかわ・ひとし:1925-1985)教授が1985年に急逝され、後を継いだ2代目会長の平井久(ひらい・ひさし:1928-1993)教授が1993年に上智大学教授の在職中に急逝されると、専門化がすすみ、市民社会と離れていったというのが個人的感想になります。
2024年の東京大学の吉本愛梨先生の『サイエンス』論文は、バイオフィードバックの訓練により、意識的に動物は心拍数を減少させることができて、脳では前帯状皮質で神経活動が盛んとなり、視床下部から迷走神経の刺激で、心拍数が調節されるというメカニズムを明らかにしたことが画期的なようです。
これらの研究成果は偉大だと考えられます。常識が非常識になりそのエビデンスが解明されることによって、バイオフィードバックを利用した訓練法も医療の大切な分野として確立されて来る日もそう遠くないような気がします。


