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「産婦人科疾患」と鍼灸治療

「産婦人科疾患」と鍼灸治療

国立大学法人筑波技術大学保健科学部 教授/鍼灸師 形井秀一

(1)はじめに
東洋医学(漢方、鍼灸、あん摩など)が中国から日本に伝わったのは6 世紀。日本最古の医書である『医心方』(984 年・丹波康頼 編纂)にも産科領域の詳しい記述がある通り、日本では古くから産婦人科領域の東洋医学が存在していました。
戦後においては、婦人科領域(月経不順や月経困難症、不妊、更年期障害など)と産科領域(つわり、逆子、妊娠腰痛、むくみ、陣痛促進など)の各症状に対しても鍼灸治療が行われてきましたが、鍼灸治療を受ける患者の60~80%が、肩こり、五十肩、腰痛、膝痛などの運動器系疾患であり、産婦人科領域の疾患に対する鍼灸治療効果が忘れられつつあるようにも感じます。
しかしながら近年では、産婦人科領域における鍼灸治療の基礎的な研究も増えています産婦人科領域の疾患に鍼灸が有効である理由として、鍼灸刺激が女性ホルモンの分泌に影響を与えたり、自律神経を介した効果を発現していることが少しずつ明らかにされつつありますが、明確な結論はこれからの研究に委ねられます。
今回は、産婦人科領域の東洋医学的な考え方と鍼灸治療の研究成果から、産婦人科疾患への鍼灸治療についてご紹介します。

 

(2)7歳ごとに身体が変化!?東洋医学からみた女性の身体
中国最古の医書とされる『黄帝内経素問』上古天真論篇第一に、人間の肉体の変化についての記述があり、女性は7歳ごとに身体が変化すると考えられています。
7歳・・腎気 ※1 が盛んになり、歯が生え替わり、髪が長くなる。
14歳・・天癸 ※2 が生成されると、任脈 ※3 が通じて太衝脈 ※4 が盛んになり、月経が始まる。
子どもをつくる体になる。
21歳・・腎気が安定して全身に行き渡り、歯が生えそろい、身体の成長は頂点に達する。
28歳・・筋骨は充実し、毛髪は最も豊かで長く、身体も成熟した時期を迎える。
35歳・・陽明経脈 ※5 の機能がやや衰弱し、顔のやつれ、脱毛などが始まる。
42歳・・三陽経脈 ※6 の機能が衰え始め、特に身体上部のやつれ、白髪が出はじめる。
49歳・・腎気が衰えて天癸がつき、閉経。子どもをつくることができなくなる。
このように、東洋医学においては人間の成長・発育を腎気の盛衰の過程と捉えており、女性に関しては、月経や閉経などの産婦人科の諸現象は、腎の機能の変化の結果とされています。また腎気の力が十分でない「腎虚(じんきょ)」の状態が、様々な疾患の発症に関わるとしています。
※1 じんき:人間が生まれながらに持っている成長する力や生殖能力、生命力のこと。
※2 てんき:性腺刺激ホルモン、性ホルモンのようなもの。
※3 にんみゃく:奇経八脈の一つ。身体の前面の中心を通っている。
※4 たいしょうみゃく:腎経脈と奇経八脈の一つの衝脈の両方を指す。主に下肢内側から体幹を通る脈。
※5 ようめいけいみゃく:手の人差し指から上肢外側、頚部、鼻にいたる手の大腸経脈と、顔面、前頚部、胸腹部、下肢前外側面を通り、足の第2指にいたる足の胃経脈の両方をいう。
※6 さんようけいみゃく:手の三陽経脈(大腸経脈、三焦経脈、小腸経脈)と足の三陽経脈(胃経脈、胆経脈、膀胱経脈)のすべてを意味する。すべての経脈が顔面部にいっており、三陽経脈の機能の衰えは、顔面全体の衰えや身体の陽(主に背側)の部分が衰えてくることを意味する。

 

Topic3
(3)症状別にみる、鍼灸治療
産婦人科における各疾患の東洋医学的考え方と、鍼灸治療の研究成果の例を取り上げ、簡単に説明しましょう。
(1)不妊症
不妊は「腎虚」「肝鬱」「痰湿」「?血」が原因だと考えられています。「腎虚」は先ほど触れた「腎気」が十分でない状態、「肝鬱」はイライラやストレスがたまっている状態、「痰湿」は肥満体質で脂肪や水分が子宮をはじめ身体に滞り、任脈や衝脈の気血の巡りが低下した状態、「?血」は血の流れが滞っている状態です。
1975~97 年の23年間に、不妊症に対する鍼灸治療が164例報告され、そのうち妊娠したのは77例(46.9%)でした。妊娠率だけで見ると非常に高い、というわけではありませんが、これまで婦人科などに通院しても効果がなかった方々ですので、鍼灸治療を試みる意義はあると考えられます。

 

(2)冷え症
冷え症は、虚血のために手足に熱が伝わりにくくなった状態が原因だと考えられています。
また、「寒湿」(寒気や湿気)など、気候や生活環境などの外部要因が影響することがあり、これらは身体の下部から身体の中に進入するため、冷え症の人は下肢を冷やさないように心がけることが大事です。
現代では冷え症は、自律神経機能の失調や心因がその病態の本体と考えられています。近
年の研究には、足底中央と下腿後側中央の温度を57例で比較した、松本勅(明治国際医療大学教授)らによるサーモグラフィ検査の報告があります。全体の27例の冷え症者中、23例(85.2%)の足低温は1℃以上低温でしたが、鍼治療を行ったところ10例(43.5%)で改善が見られたと報告しています。
冷え症は、産婦人科領域の多くの疾患を治りづらくする要因の一つとも言われていますが、鍼灸治療により改善が見られますので、試みられるとよい症候の一つと言えるでしょう。

 

(3)逆子
東洋医学では逆子(骨盤位)のことを「胎位不正」といい、?血や、冷え症、ストレス、疲労、暴飲暴食などが原因と考えられています。
1950年に石野信安(産婦人科医)が初めて報告して以降、50年間の逆子の鍼灸治療に関する報告をまとめると、妊娠27週から33週までに初診で受診した場合は、70~90%が正常に戻ったという結果がでています。2002年にはイタリア人のカルディニ(産婦人科医)が「灸をした群はしない群に比べ、有意に正常に戻る率が高い」と報告しています。
逆子は帝王切開する場合が増えてきていますが、32~33週までに鍼灸治療を開始すると高い率で改善されることを知って頂きたいと思います。

 

(4)妊娠中の腰痛
妊婦の2人に1人の割合で、腰痛が見られるという報告があります。月経時や産後の腰痛と同じように、妊娠中の腰痛の原因も腎虚、寒湿、あるいは?血だと東洋医学では考えられています。一般的な腰痛に鍼灸治療が有効であることはよく知られていることですが、妊娠による腰痛にも有効であることはあまり知られていません。

 

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私たちが、腰痛を訴えた妊婦55例(平均年齢30.3±3.9歳)に対して鍼灸治療を行ったところ、「著効」「有効」「やや有効」を合わせて49例(89.0%)とよい結果を得ることができました。

 

(4)おわりに
東洋医学の歴史を振り返ると、運動器系疾患以上に内科系疾患が治療対象であり、中でも産婦人科領域の多くの疾患が治療対象とされてきました。
現代では産婦人科領域での鍼灸治療は一般的にあまり知られていませんが、鍼灸治療効果のメカニズムを検討する上での研究も進んでおり、今後が注目されます。また、あらゆる面でナチュラル志向が好まれる傾向の中で、特に女性の身体が本来持っている力を引き出す大事な分野として鍼灸治療がクローズアップされるものと思います。

 

≪参考≫
『ライフサイクルに応じた女性のヘルスケアレディース鍼灸』編著:矢野忠/医歯薬出版2006年
『イラストと写真で学ぶ 逆子の鍼灸治療』編著:形井秀一/医歯薬出版2009年
『産婦人科領域の鍼灸治療』著者:形井秀一/桜雲会出版部2010年

 

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